『喜望峰からの帰還 その1』


舌の根も乾かぬうちにサンジョルジュへいるわしであった。


心配してくださったのか、子分どもの痛切な悲鳴が海風に乗って
ヨーロッパ近海航海中のフレの耳まで届いたのか、
のちのち殿がケープに来てくださったんじゃな。
優しい彼女は「何か素敵な動物を見て心をなごませましょう」と
わしの船を引っ張りつつ物凄い勢いで北上していくのであった。


素敵な動物……。


わし、昔、まだ魯智深という名を名乗る前には
一時、生物学者を目指しておったのよ。ま、若気のいたりじゃが
ノウサギとかシカを見つけたこともあったのう。
大自然の美しさ、動物達の逞しさに心奪われ……(遠い目)


「親分が野を彷徨っていた時の食料採集でやんすかね?」
「槍でぶすーっと、どすーっと」
「焚き火で焼いたソレの脂を滴らせながら食らう親分」
「にたり、と笑いながらぶっとい指で髭についた脂を拭う親分」
「似合う…、似合いすぎる…」
「見るからにそんな感じ(ぶるぶる」


お前ら……、わしをどんな目で見取るんじゃい!
わしがそんなに食い意地の張った男に見えるんか!


「見えまーす。見るからにそうでーす」
「それ以外の何に見えるって言うんでやんすかー」


お前ら……。


ぷしゅー


突如、波間から上がる水しぶき。


「魯さん! 鯨! 鯨がいますよ! 潮吹いてる!」
春の日差しのような爽やかで柔らかい声が前の船から聞こえる。


おおお! なんとどでかい魚じゃ! 船ほどもあるぞ!
わし、あんなの初めて見たわい。
あれに乗ってみたいもんじゃ、触ってみたいもんじゃ、
わしの腕によりをかけて捌いて食ってみたいもんじゃ。


「ほら、やっぱりー」